浮世離

水面に浮上してほんのつかの間の息継ぎ。心象風景がほとんど。

春爛

はらり落ちひらりひるがえり触れられぬまま返事もないままほぐれほころびほろびる ま白なタイル ひかりの粒粒 息苦しいほど濃密な白白白 広がる身体が干からびてしまう前に 揺蕩う皮膚のまっさらな鮮度 手を伸ばす 放埒な想像力 流し目 青く 朧気な どうせ泡…

こころ

心は色の吸い取り紙のように 私の中をたゆたう ちぎれ ほどけ ばらばらになっても 色一つ一つを正しく写し取る 刻々と移り変わる 蒼や紅や真珠になぞらえ とうめいな色 とうめいな影でさえ 紺碧の海に揺れる とうめいなリボンが風を孕み 大きな弧を描くように…

金紗の窓掛けに包まれ 透明な繭に幾重も包まり 身体隅々まで洗われるような 眠りのなかに溺れる 永遠を片手に 長々と寝そべる

貴腐

唐紙の底儚く残る幽かな薫り 瓔珞の珠ゆら 白々と冴え 凋落の音を響かす ぷらちなの萩一面 月は照り映え 絹地にさらさらと這う 金色の蛇

塵芥

グレイッシュな言の葉ひらひらがはやくも古びて 一塵の風に舞い上げられて跡形もなく飛び去る 美しい廃 僕の周りには死んだ言の葉がひらひらと舞ってるだけ ふわりと落ちて また芽を吹くのを待ってる さくらさくら 美しい廃 さらさら落ちてどこまでも落ちて …

荒野

メランコリックな月が喚く 巡り巡る季節のうるささに 鉱石の様に硬質で透明な響きとなり 永遠に停止したい 邪魔だ目を開け今すぐに 自己治癒のための物語 がさがさに乾いて捲れ上がった 血がこびりついて乾涸びた そんな場所にしか似合わない音

冥府

ひろがるひかりがひかりを呼び やわらかくひるがえる環を作り 絹のような薄いリボンとなって海に沈みゆく かつてここにあった日々は風にさらされ太陽に傷み騒がしい河原のあおい苔のなかに沈黙した 紫から藍へとうつる なつかしいあなたの香りが漂ってくる …

深夜

夜の間に山の裂け目から 次々産み出される 盲の僧侶 蛋白石の喚き声 天馬のもがき 蒼い焔 明滅する鮮烈な赤 黒が産まれる前の白い発光体 転がり落ちる巨大な黒闇が音を立てて引き伸ばされる その声を聞いたものはあるか 松脂のように後を引いて 透明にしなだ…

秋の暮方

秋の憂鬱な暮方 青に廃を混ぜた 憂鬱な目つき アーク灯のつく国道 砂時計が滑り落ちきってもあなたを 恋の憂鬱が銀の羽を紛れ込ませる夕方 どうかその冷たい手で掴んでください 恋人よ 身体の芯まで冷え切って心まで連れて行かれてもよい 端正な言葉の端々が…

薄刃陽炎

秋の憂鬱な暮れ方 青に廃を混ぜた 憂鬱な目つき アーク灯のつく国道 砂時計が滑り落ちきってもあなたを 恋の憂鬱が銀の羽を紛れ込ませる夕方 どうかその冷たい手で掴んでください恋人よ 身体の芯まで冷え切って心まで連れて行かれてもよい 端正な言葉の端々…

石女

過去に生きるすべての物を供養するという言い訳のもと、現在から逃走する。それは虚しく石を積む作業だ。自分が入るための暗い暗い穴。恥と高揚の境目で盲目のキメラが苦しげに身をよじる。僕はもう全て失い尽くした。あとに残るは蓮の葉の残骸。それはカラ…

もののおわりとはじまり

うすむらさきにけぶる神経に焼き鏝で焼き印をする 神経を押し潰すのだ これ以上何も感じないようにと そのようにしてまで守られることを願う 一切の責め苦から妙な角度に歪んだ猫の死骸を 丁寧に葬ってやることはできなかったのか 醜さに目を背けるだけでな…

懺悔

言葉と意味の接着を試みる私には 難しいことがわからない 言葉と意味がバラバラになる その恐れから ただひたすらに神の名を呼んだのだ

沼地に水没せし水槽

電車の中には何かの魚類の末裔が数多く息を潜めている 六月の風がさっと吹いてそのぬめりを乾かしていく 天から降り注ぐ光が藻を通して梯子のようである わずかに尾びれを閃かし泳ぎまわり わずかに泡を吐き出してぴくつく 電車のなかは静かなる魚類の末裔の…

一番青い水窟

深く潜る 積年の碧の堆積の中に 深く泣く 光の柱数知れず立つ中に 珠と浮かぶ沫を 深い水底から眺めて石灰岩に刻まれた言葉 それはあなたの遺した傷の痕 儚く脆い岩肌に 確かに残る傷の痕深く潜る 音の亡い世界へ 深海魚も棲まない冥府の暗がりへ

抵抗

ずるずると引きずり込まれる 漆黒の暗渠の彼方へ 錫でできた脆い楔を打ち込む ずるずると押し流される 風の吹き荒れる墨色の谷へ 腐りかかった杭にしがみつく 精一杯の抵抗は全く虚しく美しからず しかし流れに逆らわずまた風に吹き飛ばされていくことができ…

豪奢な夕暮れ

いくらはね除けてもエメロード色の樹液が心を縛り付ける 憂鬱の香りは如何に 川面の乱反射がプラチナの手触りで私を傷つける意味の分解した世界で 風はそよぎわたる いくらかの無生物を引き連れて安全圏を目指す手を伸ばしても届かない郷愁のみが救い出して…

強固な神経衰弱

あれも違うこれも違う 取り乱して机を掻き回して そのときまでの本当がくるりとまわり 表情を変えるのが一番怖くて悲しいこと知らなくていいことを知り 知らなくてはいけないことにいつまでもたどり着けない本当なんてありやせず みんな幻なんだよ 確からし…

致死量

車窓をうつろうのは大きな影。 耐えがたいはそれがすっぽりと私を包み込んでいること。 世界は大きな黒い幕。 皮膚に張り付き毒を注ぎ込む。飛ぶ鳥落とせよ。 瑠璃色の盃から零れる青空。 押し潰そうとする憂鬱の影。 私を守る優しく白い手はいずこかに消え…

川をわたる

ああ。 あなたの悲しき幻燈(vision)だけが 真に私を許し慰めてくれるのだ。川を渡る。 川を渡る。プラチナの瓦礫でできた ざらつく表情を見せる そこだけ凍った川を。嘆いても嘆いても 流れ去り凍りついた水の表から 思唯の一片をもうかがい知ることはできな…

九鬼周造 随筆集に関して

九鬼周造は、学生時代読んだ「いきの構造」で知った。いきの構造はそれ自体完成された論文であり、具体例を挙げて日本文化の根底を成す「いき」について記述し、かつ具体例に溺れない理論があると感じていた。今回随筆を読んでみる気持ちになったのには、先…

萩原朔太郎 さびしい人格 について

何度読んでも実に寂しく、その上、二人だけの秘密を育んでいるような甘美な詩である。永遠に手に入れられない雲を掴むがような詩に対する憧れは、どれほどの努力をして高い山に挑もうとも、容易に手に入れることはできない。たとえ、どのような惨めな思いを…

青森挽歌 宮沢賢治

春と修羅を新幹線でパラパラとみていた。 青森挽歌に目が釘付けになり危うく涙が流れそうになってしまった。 今は亡き人に対する哀惜の思いを表現した詩は数あれどそれらの中で、最も強く、強く刺さってきたからだ。賢治の詩の中でも「永訣の朝」は大変有名…

むらさきのまち  

旧友の家を訪ねていったら廃屋になっていた。厳重に釘付けがされていて、見る方もない。庭には真っ青な紫陽花が猛々しくはびこっていて、目に痛かった。 庭で生まれて初めてほんものの沙羅の花を見た。掌に載せると、白い花はひんやりして、しっかりした固さ…

はる

花が薄闇にふうわりと白紫に浮かんでいた。 桜色ではなく、薄闇を映してほのかに水色に。 ひらひらではなく、ぽたり、ぽたり、と首から落ちる花房。 掌に拾いあげてじっと見る。 ぼんぼりが一つまた一つと灯っていく。 青い空に白い月。 つつましく艶やかな…

幻燈

全部なかったことなのかもしれないけれど、時々思い出す。 その習慣だけが残っている。 帰宅途中、空を見上げると、桜色と空色が橙に溶け合って沈んでいくのが見えた。 それらは絡まりあって、やがて銀色の水盤となり、漆黒の闇に浮かび上がるのだろう。 や…

いのり

世界はひどく美しく、とても残酷だ。けれども、それに押しつぶされなくてもいい。夜が明ければ透明色の明日が来る。

眩暈

ぷっつりと途切れるときには途切れてしまう。 なんだか死ぬときみたいだと思う。 ここ数年で身を包み込む濃密なゼリーのようなものはうっすらとしたオブラートに代わった。 日の光を浴びるとひりひりと痛む皮膚を抱えて生きている。 変わらない事はないはず…

水底の石

膝に気の早い朝顔が咲いた。 水色のレンズの向こうにのぞく世界を見ている。 大体白く煙っていてよく見えない。 明るい光は網膜に突き刺さるし、脳が痛む。 紅い花がぽたりと一つ落ちて、手首を桃色に染めた。 水に沈んでいく手首を見た。 白い指が優雅にピ…

月光果樹園

白くて厚ぼったくて柔らかい花がぽかりと咲いた。 夜の闇は冷たくなめらかで、昼の光は暖かく拡散していた 白銀灯の下で待ち合わせをしていたら、ぽたりと落ちた。 ぽたりぽたりと溶け出した月がそこいら中に落ちた。 月と花びらが道路中に拡がった。 花粉で…