幻燈
全部なかったことなのかもしれないけれど、時々思い出す。
その習慣だけが残っている。
帰宅途中、空を見上げると、桜色と空色が橙に溶け合って沈んでいくのが見えた。
それらは絡まりあって、やがて銀色の水盤となり、漆黒の闇に浮かび上がるのだろう。
やはり、西方には極楽浄土があるような気がしてくる。
鼻の先が冷たくなって、冬のにおいがしている。
風に髪を弄られて、夜が来るのを感じる。
ふとあなたがここにいたらどう感じるのだろうかと考える。
空を染めるのは夕焼け。
肌を透かしてみる血の色のようだ。
暖かく、白く、柔らかい女が流れていく。
空はそれからサファイヤを燃やしたような色に変わり、乳白の月が昇って、花びらの香りを振りまきながら、夜を深める。