浮世離

水面に浮上してほんのつかの間の息継ぎ。心象風景がほとんど。

ブラームス ピアノ小品 116~119

最近ピアノ曲ばかり聞いている。
グレン・グールドのゴルドベルク変奏曲や、ブラームスのピアノ小品など。
特にブラームスの後期ピアノ小品116が好きでずっと聞いている。
叩きつけるように激情的だったり、深い憂いに沈みこんだり、かと思うと少しユーモラスにおどけたり。
ブラームスと話をしている気持ちになれるところがよい。
壮大な曲だけではなく、ピアノだけのシンプルな演奏でも、彼の人となりがこんなに伝わってくるというのは、本当に素晴らしいことだ。
自分丸ごとを、過ごしてきた時間や出来事ごと、音楽に投げかける、静かだけれども、温かく、血の通った音楽だと思った。

紺の真昼

気がつかないうちに過ぎていてほしいとさえ思うのは贅沢なことなのだろうか
君は濡れた絹の冷たさで私を見ている
気がつかないうちに終わってほしいとさえ思うのは望みすぎなのだろうか
君は磨いだ月のような鮮烈さで私を見ている
今はただ音楽のなかでまどろんでいたい
二度と会えない人と話をしていたい

芝不器男

あなたなる夜雨の葛のあなたかな
白藤や揺りやみしかばうすみどり

夜、入浴中などに、しとしと雨が降ってくると、芝不器男の句がふっと思い出される。向こうの向こうに思い出されるのは故郷なのかあの人の横顔なのかなと思ったりする。

白藤の句は、一昨年、藤園で、満開に咲いた白藤を見たときに、知った句。真っ青な空の下、濃い匂いを振りまくうすみどりの白藤は、羽化する前少年のようだった。

同じく白藤を詠んだ句としては、大串章の、
白藤に王朝の夜のあるごとし
がある。
これはもう少し妖艶。

窃視症の見る夢は

その神経質に震える睫毛
あなたの首もとを白々とした剃刀のような衿元を眺めながら
その薄い皮膚の下を流れる温かい血のことを想う
骨ばった指の甲が露草の青に染まるところを想像する
腺病質で麗らかな夜にも病みがちな
透けるような花びらの肺を想う
女のような小指の爪にかじりついて
月長石でできている足首間接を丸く撫でる

午前0時に霧を見た話

霧渡る街
もの皆すべて柔らかく優しく滲む
もの皆すべて過去の蒼を帯び揺らぐ

どこにいたのだかわからなくなる
探しても探しても君は見つからない
ここで微笑んでいたとして次の瞬間はあちらだ
川の上を柔らかく漂う霧みたいだ

何も言わないでほしい
何も言わないでただ肩に寄りかかって手を握ってほしい

私たちは限りある形を持ち
私たちの命は有限である
でもこうしてここでなら私とあなたは手を握り肩を持たれあい黙して語らず
永遠に降りない車窓に留まることができる
よぎっては後ろに吹き飛ばされる景色
飛んでいくのは月見草 花魁草 あやめの花
永遠に一緒ならいいでしょう
このまま閉じ込められたっていいでしょう
この列車は瑠璃の地に行く
そして永久凍土となる

だから僕は本を読む

電話ボックスが煌々と光ってる。
藍色の闇から浮き上がって見える。
受話器の緑。蛍光灯の白。
ここから誰にでも電話をかけられるとしたら誰にかけたいか。
今の自分にはあの人しか、ただあの人しか、思い当たらない。
電話の向こうで黙っていたっていい。
言葉なんかはいらない。
空気を共にできればそれだけで。
ただあの人に、電話をかける方法がわかればいいのに。
受話器にはやたらに蛍光灯がピカピカうつって。