浮世離

憂き世を離れて一時息をするための場所です。好きなことしか書きません。自分好みの書棚を作る気持ちでいます。

月光果樹園

白くて厚ぼったくて柔らかい花がぽかりと咲いた。

夜の闇は冷たくなめらかで、昼の光は暖かく拡散していた

白銀灯の下で待ち合わせをしていたら、ぽたりと落ちた。

ぽたりぽたりと溶け出した月がそこいら中に落ちた。

月と花びらが道路中に拡がった。

花粉で息が詰まるので部屋に帰った。

水の底を柔らかくなぞると銀色の粒が体を包んだ。

一つ一つの銀色には全部私が映っていて、

その私は全て百合の花だった。

粒々は小さくはじけて飛んで、白い渦の中に巻き込まれて消えた。

後には何も残らなかった。

ただ密かな香りだけ

首飾りの夜

『夜氣の濃い夜には香水が肌に染み易くなるので婦人方はご注意を』とラジオが言ふ。

天花粉を塗りつけた首筋に、それより白き月長石の首飾りを。

紅色の濃き脣に、百合のをしべを當てて、戀が叶ふといふおまじなひ。

夕暮れに目覺めた時、ほんの僅かにあの人の薰りがした。

あれは夢だつたのだらうか。

ベランダの椅子に腰掛ければ、星が手に取れさうな程近くに。

「貴方、ゐないのですか?」

チャイムが鳴つて愛しい貴方のさう呼ぶ聲がするまで、ここに座つてゐることにしませう。

贅沢な石

贅沢品とは本質的に余分なものだ。あってもなくてもかまわないものだけれど、あると持ち主が幸せになれる。私は無駄なものが好きだ。そこから何も受け取れないものが。

受け取ろうとした瞬間からそれは生産的なものになってしまうから。贅沢品はただそこにあるだけでいいのだ。

 

一番欲しい贅沢品は、水の入っている石。何かの本で読んだのだが、一千年前の水をうちに含んでいる石があるそうである。手に持って揺らせばちゃぷちゃぷと太古の水の音がするだろう。石の色は透明に近い乳白色だといい。

 

そういえば我が家にも石がある。ただ眺め、触れるためだけに存在する石。

手触りはひんやりとしていて、乳白色の部分と淡黄色の水晶のような部分からできている。つるりと手のひらに丁度いい大きさである。月のようにも見えるし、レモンドロップのようにも見える。何となく石に触れたくなると触れて、それ以外の時は全く忘れている。もう何年も手放さずにいる、大切な石である。

廃墟が愛しい理由

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廃墟が好きでいくつも見て来た。廃墟の中でも最も切なく悲しいのは、やはりラブホテルだと思う。ラブホテルが廃墟になる姿を見ると、全て物事は浮世の短い一瞬であるとしみじみ思う。生きるということは全く儚いと思う。人を愛しいと思う気持ちも、永遠という概念に対しては無力で、全ては無常である。朽ちていくもの達はただ静かにそこにある。死ぬという事は元の物質に戻るという事で、廃墟は死にながら、生まれ返りつつあるということが素晴らしい。

廃墟はカラーが一番だと思うが、白黒で有るかなきの色に思いを馳せるのもいい。廃墟の写真を眺めながら、在りし日の色とかざわめきを想う。廃墟は鉄錆の赤が美しいと思う。

ただそこにある、ということが奇跡のように感じられる瞬間がある。例えばある日お寺に行ったら小さな仏像が洞穴に安置されている。それを見て、「雨の日も風の日も嵐の夜もずっとここにあったんだな、これからもずっとあるんだな」と思う。自分が辛かろうが幸せだろうが、それはただずっと静かにそこにあるということ。

 

朽ち果て蔦が絡まった観覧車の中に。落書きをされた病院の内部に。そういう「ただそこにある」、ということが潜んでいるように思う。

静夜

薄紅に藍が重なって、蜂蜜色に透き通った闇がやってくる。

夜は音がよく聞こえる。遠くから鈴の音。

空気は泡を含んだように淡くなり、月の光だけが鮮明だ。

沈みこむような、宙に浮くような、頼りない懐かしい感覚。

夜の博物館には、今日も月光が差し込むだろうか。

ラムネのように脆い月を掴んだら、指先が薄く切れて血が滲んだ。

ノスタルジア

夏の暮れ方に佇むものたちはなぜか心細そうだ

老人も買い物帰りのお母さんも犬も

しっかり現実に掴まっていないとそのまま攫われそうだ

薄い桜色と菫色の空をゆっくりと雲が流れていく

路地裏では子供が隠れんぼしている

見つからない子は置いてくよ

淋しがりの子も置いてくよ

橙色の最後の光線を避けながらアスファルトを踏む

どこからか蚊取り線香の匂いがする 

いつの間にかこんなところまで来てしまった

随分遠くまで来たものだと思う

あの日なくしてしまったあたしはどこに行ってしまったんだろう

現実なんて曖昧で不確かなものの塊だってことくらい分かっている

人ではないもの

それは押し出すようにして吐き出された言葉

感覚をつかみ損ねる

距離をつかみ損ねる

そのようにして私はいつも一人である

永遠に一人の中に閉じこもる

孤独だからただ言葉を捜している

私はここにいるけれど同時にここにいない

もう喪われてしまったものに対して抱く懐かしさ

生きているものは私を脅かすから

 

人々は私の醜悪な言葉から目をそむけるだろう

かける言葉すら持たないかもしれない

それでも構わない

終わったことにはできない

冷えて固まってしまったものではないのだ

今日も塊を吐き出す

傷口がしみる

さらに大きく傷を拡げる

間違ってなんかいなかったんだと確かめる