浮世離

水面に浮上してほんのつかの間の息継ぎ。心象風景がほとんど。

贅沢な石

贅沢品とは本質的に余分なものだ。あってもなくてもかまわないものだけれど、あると持ち主が幸せになれる。私は無駄なものが好きだ。そこから何も受け取れないものが。

受け取ろうとした瞬間からそれは生産的なものになってしまうから。贅沢品はただそこにあるだけでいいのだ。

 

一番欲しい贅沢品は、水の入っている石。何かの本で読んだのだが、一千年前の水をうちに含んでいる石があるそうである。手に持って揺らせばちゃぷちゃぷと太古の水の音がするだろう。石の色は透明に近い乳白色だといい。

 

そういえば我が家にも石がある。ただ眺め、触れるためだけに存在する石。

手触りはひんやりとしていて、乳白色の部分と淡黄色の水晶のような部分からできている。つるりと手のひらに丁度いい大きさである。月のようにも見えるし、レモンドロップのようにも見える。何となく石に触れたくなると触れて、それ以外の時は全く忘れている。もう何年も手放さずにいる、大切な石である。

廃墟を愛す理由

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廃墟が好きでいくつも見て来た。廃墟の中でも最も切なく悲しいのは、やはりラブホテルだと思う。ラブホテルが廃墟になる姿を見ると、全て物事は浮世の短い一瞬であるとしみじみ思う。生きるということは全く儚いと思う。人を愛しいと思う気持ちも、永遠という概念に対しては無力で、全ては無常である。朽ちていくもの達はただ静かにそこにある。死ぬという事は元の物質に戻るという事で、廃墟は死にながら、生まれ返りつつあるということが素晴らしい。

廃墟はカラーが一番だと思うが、白黒で有るかなきの色に思いを馳せるのもいい。廃墟の写真を眺めながら、在りし日の色とかざわめきを想う。廃墟は鉄錆の赤が美しいと思う。

ただそこにある、ということが奇跡のように感じられる瞬間がある。例えばある日お寺に行ったら小さな仏像が洞穴に安置されている。それを見て、「雨の日も風の日も嵐の夜もずっとここにあったんだな、これからもずっとあるんだな」と思う。自分が辛かろうが幸せだろうが、それはただずっと静かにそこにあるということ。

 

朽ち果て蔦が絡まった観覧車の中に。落書きをされた病院の内部に。そういう「ただそこにある」、ということが潜んでいるように思う。

静夜

薄紅に藍が重なって、蜂蜜色に透き通った闇がやってくる。

夜は音がよく聞こえる。遠くから鈴の音。

空気は泡を含んだように淡くなり、月の光だけが鮮明だ。

沈みこむような、宙に浮くような、頼りない懐かしい感覚。

夜の博物館には、今日も月光が差し込むだろうか。

ラムネのように脆い月を掴んだら、指先が薄く切れて血が滲んだ。

ノスタルジア

夏の暮れ方に佇むものたちはなぜか心細そうだ

老人も買い物帰りのお母さんも犬も

しっかり現実に掴まっていないとそのまま攫われそうだ

薄い桜色と菫色の空をゆっくりと雲が流れていく

路地裏では子供が隠れんぼしている

見つからない子は置いてくよ

淋しがりの子も置いてくよ

橙色の最後の光線を避けながらアスファルトを踏む

どこからか蚊取り線香の匂いがする 

いつの間にかこんなところまで来てしまった

随分遠くまで来たものだと思う

あの日なくしてしまったあたしはどこに行ってしまったんだろう

現実なんて曖昧で不確かなものの塊だってことくらい分かっている

人ではないもの

それは押し出すようにして吐き出された言葉

感覚をつかみ損ねる

距離をつかみ損ねる

そのようにして私はいつも一人である

永遠に一人の中に閉じこもる

孤独だからただ言葉を捜している

私はここにいるけれど同時にここにいない

もう喪われてしまったものに対して抱く懐かしさ

生きているものは私を脅かすから

 

人々は私の醜悪な言葉から目をそむけるだろう

かける言葉すら持たないかもしれない

それでも構わない

終わったことにはできない

冷えて固まってしまったものではないのだ

今日も塊を吐き出す

傷口がしみる

さらに大きく傷を拡げる

間違ってなんかいなかったんだと確かめる

待宵草

オレンジの花を踏み潰す女学生の足元。

柔らかい咽喉の皮膚が拍動に息づいている。

薄青い風が吹く。

瓦礫の山が秘密基地。

紛い物の指輪を今でも交換したいと思ってくれているかな。

暮れ方の湿気が髪の香りを包む頃、朧月を探しに出る。

緑色の夜に

全然見つからない。見つからないけれど探す。どうしたって会いたいから。ほんの少し、微々たる痕跡を探して歩く。僅かな希望。大半の絶望。あなたは森の匂いがした。深緑に染まった森の匂いがした。しんと静まった夜の気配がした。

 

行方知れずになりたいはずだったのに、どうしてか人探しばかり。