はる
花が薄闇にふうわりと白紫に浮かんでいた。
桜色ではなく、薄闇を映してほのかに水色に。
ひらひらではなく、ぽたり、ぽたり、と首から落ちる花房。
掌に拾いあげてじっと見る。
ぼんぼりが一つまた一つと灯っていく。
青い空に白い月。
つつましく艶やかな花に橙の光。
しいんとしているのでなく、五月蝿いのでなく、人々の声。ざわめき。綿あめを作るぶぅん、という音。
飴菓子かじって花を見た。
古くより花の散るを惜しむ歌は数多く作られている。
散る花だから美しく、愛される。ということ。
今日で最後になるなんて、と思うことが何度あるのだろう。
別れはいつも美しくなってしまうので、嘘の記憶を作っているようで寂しい。
本当はとても美しいものをいつもいつも、見逃しているだけなのかもしれないけれど。
ひりひりした現実に、この花も生きている。
幻燈
全部なかったことなのかもしれないけれど、時々思い出す。
その習慣だけが残っている。
帰宅途中、空を見上げると、桜色と空色が橙に溶け合って沈んでいくのが見えた。
それらは絡まりあって、やがて銀色の水盤となり、漆黒の闇に浮かび上がるのだろう。
やはり、西方には極楽浄土があるような気がしてくる。
鼻の先が冷たくなって、冬のにおいがしている。
風に髪を弄られて、夜が来るのを感じる。
ふとあなたがここにいたらどう感じるのだろうかと考える。
空を染めるのは夕焼け。
肌を透かしてみる血の色のようだ。
暖かく、白く、柔らかい女が流れていく。
空はそれからサファイヤを燃やしたような色に変わり、乳白の月が昇って、花びらの香りを振りまきながら、夜を深める。
眩暈
ぷっつりと途切れるときには途切れてしまう。
なんだか死ぬときみたいだと思う。
ここ数年で身を包み込む濃密なゼリーのようなものはうっすらとしたオブラートに代わった。
日の光を浴びるとひりひりと痛む皮膚を抱えて生きている。
変わらない事はないはずだと念じる。
そのくせ変わらないということを願っている。
永遠はどこにもない。わかっているはず。
言葉は段々とその広がりをなくした。
イメージが手に負えなくて途方にくれることもなくなった。
漠然としたものを漠然としておけるようになった。
それと同時に彩を欠いた。
夏の日の残光が部屋に薄く差し込む。
この光もやがてすぐに消えてしまうだろう。
私は私の掌に一つとして掴めなかったことを悔いるだろう。
手を離さなければよかったというのではない。
向こうから離れていってしまったのだ。
私が何一つ正確に捉えられないうちに、流れていってしまった。
それでも私は、それを掴まえてみようと、精一杯足掻くべきだったのかもしれない。
足元の柔らかい花蕾を踏み潰して、半分だけの月を見る。